2004/04/10 (Sat) イヴ・デュテイユ30周年コンサート
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“フランス人の愛好するシャンソンNO.1『子供を抱いて』を歌うイヴ・デュテイユ”だそうです。知らなかった。

そもそもなぜe+の得チケで行くことになったのかといえば……
今を去ること20年ほど前、来日に合わせてだったのかラジオで何度も特集されていて、若かりしデュテイユの歌をしばしば耳にしていたのです。
なんだっけか?従来のシャンソンのイメージを打ち破る若手歌手。ニューフォークの旗手?とか言われていたんですよね。そこら辺はよく覚えていないし、そもそも従来のシャンソンというものを知らないので、どううち破ったのかもわからないのですけど。(もしかして演歌界における氷川きよしみたいなものなの?違うと思いたいけど……)
ただ、聞き易い小品をいい声で歌っているわ〜という感想を、当時も抱いていました。(エアチェックしたテープがまだ残っています)
その後、積極的に聞くことも、追うこともしていませんでしたが名前はしっかりと記憶に刻まれていたのです。そして今年、オーチャード・ホールに何かを見に行ったおりにデュテイユのコンサートのチラシをもらい、あら?と気になっていたのです。それでも、その後のデュテイユのことをまったく知らないわけだし、懐かしさだけで行くのもどうよ?と迷っていたわたしに下った天の声がe+。得チケメニューに載っているじゃありませんか!ありがとうe+。割引なら弾みがつくってものよ!
それでチケットを入手して行ったわけですが、定価を払えば良かったと後悔しました。いえ、ぜひ定価を払わせていただきたいようなコンサートだったのです。
大体、割引でラッキー!としか思わないのにね。そうじゃないものもあるんだと思い出させてくれました。

コンサートの大部分はギターを弾きながら歌う形で、他にギタリストとピアニストが一人ずついるだけのシンプルなものでした。
それから、ピアノを弾きながら歌う曲も1曲(だっけか?)
本人は楽器を弾かずに、ただ歌うことに専念したものが2曲。この2曲が素晴らしく、強烈な印象を受けました。その内の片方では泣いてしまいましたよ。

ところで、フランス人歌手ですから、歌もMCもフランス語です。
歌詞は字幕で訳詞が出ていました。
歌詞の意味は字幕のおかげで一応わかるけど、MCには字幕が出ないから……サバって何?聞いたことある単語だけどなんだっけ?などと思うだけでした。
会場にはネイティブな方達が結構来ていて、舞台と客席一部とのコミュニケーションが成立していました。今、なんでみんなウイって言ったの?何聞いたの?なんで笑っているの?ああ、わからない…と思うのみのわたしでした。
しかし、そこまでわけわかんないのに、歌を聞いていて確かに感動するのだから、これもすごいものです。
これが表現力ってものなのか。
もともと歌詞がただの音に聞こえる質なので、日本語の歌を聞いていても、字幕がないと意味が良くわからないんだし、表現力の違いってことだろう(……え?それは日本人歌手の発音が悪いだけ?)

今もそうですが、日本は男性歌手でも甲高い声をしていることが多くて、低めの豊かな声はムード歌謡になってしまいますよね。わたしは低音が好きだから、しゃれた曲を歌う低音の男性歌手にはコロコロと参ってしまいます(でも滅多にいません)。
今回コンサートを聞いて感じたのですが、声の低さと響きがすんごい好みなのでした。素敵なバリトンだあ……。

あ、そうそう。翻訳の歌でよく言われることに、日本語は外国語ほど言葉が入らないというものがあります。
今回、とても忠実な翻訳字幕と、パンフレットに載っていた対訳でそれを実感しました。曲の長さの割に、文字数が異常に多いです。


【プログラム】
君がいるだけで
カーブ
ふたりの視線が交わされた
チベットの少女
子供を抱いて
モンソー公園で (なんか良かった)
彼女のまわりに
私の心は木のよう
君のいない人生
私たちの言葉(フェリックスへ) (フランス人ならではの歌ですな!フランス語万歳ソングです)
学ぶ
トゥサンの島 (なんか良かった)
ちょっとしたしぐさ
コルコヴァード
ヒア・カム・ザ・サン (ビートルズの曲。英語)
噂 (マイクと字幕の事故により2回歌ってくれました。愉快な曲です。フランス語がわかるお子様は笑っていました)
ドレフュス (ドラマティック)
父への手紙
メランコリー
動詞AVOIRとETRE (フランス語がわかればきっと面白いのかも……)
イエン (なんか良かった)
世界中の子供達のために (泣かされたよ)
君が死なないために
失われた幸福

子供達の権利 (児童合唱と一緒に日本語で歌いました)
愛の言葉の国 (コマーシャルソングだったって?)

<Bunkamura オーチャードホール PM6:10〜8:10 休憩なし>