わたしはプロとアマチュアというのはまったく別物としてとらえています。
だから音楽にせよ演劇にせよ鑑賞するときは違う基準で見ているのです。
プロの舞台で許せない!と文句を言うことは多いけど、同じことをアマチュアには言わないつもり。
正確に言うならば、要素(テクニック、脚本、アプローチなど)を取り上げて語っても、文句を言い出す基準が違うのです。
わたしの中ではアマチュアとプロの間には大きな落差が存在していて、正比例のグラフの直線のようなもの(図A)が、アマチュアからプロに向かって延びているわけではありません。プロと名乗る存在を見る基準は(図B)のように一気に高くなるのです。
(図A)
(図B)
もちろん役者や演奏家の方は、ある日突然にランクアップするわけではなく(図A)の様に徐々に技術を高めていくのでしょうが、○○教室に通っている頃から見守っている身内でもない限り、普通の観客は、ある日突然にプロとしての役者や演奏家を目にするのです。
別の言い方をするならば、プロとして鑑賞に堪えると判断された(した)からこそ、金を取って舞台に立ち始めたはず。
「自分はアマチュアなんです」と宣言していない限り、プロとして見て評価するのは当然です。
わたしにとって(図B)のアマチュア最高峰は、たぶん「○○少年少女合唱団」や「△△△付属舞踊学校」の公演あたりかな。チケット代は取るけどプロほどの金額じゃなくて、しかも「まだプロではない」宣言もしている存在です。いわゆるプロへの登竜門であるコンクールなんかもそういう目で見ていると思います。
そんなことから、アマチュアならば許せることがプロだと許せないという事態が生じてきます。それはもう個人的な基準なので、他人から見れば「なんでそんなことを?」と思えるかもしれませんが、わたしには我慢ならないのですね。
子供のアイドルにまったく興味がないのはおそらくこのせいかもしれません。容姿が優れているのは認めるけど芸を鑑賞する対象にはなりません。ただの勘違いアイドルも少なくないし。素質があって力一杯やっている子はちゃんと好きなんだけどね。
これ、思いついたら次々と書き足していこうと思います。
- 観客に甘えるなよ
まずはこれでしょう。
金を出して見に来ているのに、とてもプロとは言い難いシロモノを見せるのは問題外と言うか常識外。
そのほか演劇で言えば、「説明しなくてもわかってよ」もこれだと思います。
より多くの観客が理解できるように手を尽くしておくのがメジャーってことでしょう。だからわたしは、それができない、できていない舞台は見に行かないようにしています。
小劇団系が苦手なのってたぶんこのせいなんだな。内輪ウケが少なからずあるのはともかく、身内意識が強すぎるのは苦手です。
- 媚びるなよ
「こんな私(俺)って○○でしょ」という媚び、もしくは自己陶酔も嫌い。大嫌い。
血と汗と涙を見せるなら、舞台以外の所にして欲しい。インタビューなどで痛いこと言っているのは「しょーがねーなー、こいつはよぉー」と苦笑してすむけど、舞台でやるな。
これに関しては、自己陶酔と自虐との違いが結構紙一重だったりしますね。自虐なら同情を呼ぶけど、自己陶酔は失笑を招く。まあ、自己陶酔も観る側の趣味によっては、心をグッとつかまれるもののようです。
でもわたしは、共感はしても同一視はできないので、これはありえない。
どうやら身内意識が高いとこれも温かい目で見られるようなんですが、前述の通りわたしは「プロ」の芸を見に行く以上、「出来の悪い子のけなげな姿を微笑みながら見る」なんてこと出来ないのです。
だからさ、歌舞伎の子役も下手なら怒るのですわ。5歳児なりに上手ければ「いい」と思うけど、下手を「微笑ましい」とか「可愛い」とかは思えないので。
そして演劇において自己陶酔の極みと思えるのが、内輪モノではないかと先日思いました。
もちろんバックステージものにも素晴らしい作品はあります。実際「コーラスライン」なんか好きだもの。
これも紙一重なんだと思いますよ。
とにかく、役者が“役者の業”を声高く訴えかけてくる舞台には参りました。
これはもう本当に個人的な感覚だと思いますが、とにかくわたしの美学に合わないんです。
遠慮なしに言うなら「下品」という言葉に一番近いのだけど…「粋じゃない」の方がいいかな?
「役者が自分達の業を訴えちゃいかんでしょう」そんな感覚。
興ざめしてしまうんですよね。
繰り返しになるけど、血と汗と涙を見せるなら、舞台以外の所にして欲しい。自分達の表現手段を使うってのは、粋じゃないよ。
「俺達ってこんなどうしようもない奴なんですけど、それも含めて愛してね」と言っているみたいなんだな。
そうじゃなくて、舞台で観客の心をつかめよ。脚本や演技以外で同情を買おうとするなよ。役者だろ。演技で客と勝負しろ。
その業を訴えるにしても、たとえ本人がどれだけその役に共感していても「自分とはかかわりのないものですけど自分は役者なのできっちり表現して見せましょう」といったスタンスで、徹底した客観性を持って演じていただきたい。
表現者が主題に酔うな。
酒がそうだよね。酔っている本人は気持ちいいんだろうけど、端で見ている第三者は、その醜態に嫌悪感を抱いているのさ。
いい表現者は、音楽家であれ俳優であれ、自分の表現に没頭しているようでも、進行中のその表現を客観的に評価する自分が同時に存在しているものだと思う。ましてプロというのは、鑑賞者あっての表現活動でしょ?
自分の表現が第三者にどう受け取られつつあるのか意識しないはずがない。第三者じゃなくても、客観的に見て聞いて、どんなものなのか把握できなければ修正もできないもの
アマチュアなら夢や希望を語っていていいんだけど、プロに見せてもらいたいのは自信と成果なんだよね
プロには高いものを求めたい。
お金払って行くんだからね。
2001.03.05