思い出〜月ミュー(2)
前へ 次へ

今回は「月刊ミュージカル」を創刊し、情熱を持ってわたし達にミュージカルの魅力を伝えてくれた主筆について記しておきたいと思います。
これはわたしの感謝の気持ちであり、また、とても衝撃的な経験で忘れられないということでもあります。なお、思い出(1)とダブる内容が一部ありますが、お見逃し下さい。
「月刊ミュージカル」を創刊し、1993年までこの雑誌を育てた方です。
主筆の書く記事はいつでも「ミュージカルの魅力を広く知って欲しい」という情熱が感じられました。
もちろん人間ですから多少の好みは出て、ああこういう作品はあまり好きじゃなさそうだと感じられることもありました。でも、読者の投稿コーナーへのコメント(かつてはこういうのがありました)などを見ても、いつでも公平な眼差しを感じました。
今もそうですが、この雑誌の劇評や記事などは何人かで分担して書かれています。ほとんどの記事は記名なので、劇評にしても「○○さんの好み・書き方」というのがなんとなくわかってくるものです。投稿者として感想を書いている内に、そのしっかりした書き方を認められて、劇評コーナーにひっぱられていった方もいます(今も活躍中の大和さんが確かそうだと…)。
それもまた、大衆誌ではなく趣味を同じくする者達のコミュニティという感じでした。ある意味、プロが作っている感じではないとも言えます。

さて、それは1993年の、たぶん初夏の頃だったと思います。


奇しくも同じ年、フリーアナウンサーである逸見政孝氏が自らガンであることを公表、12月に死去されました。
いずれバックナンバーを引っぱり出して何年の出来事なのか調べておきたいなぁ


2001.03.17