2002年5月の感想
板東眞砂子 『道祖土家の猿嫁』 講談社 2002年5月2日 (図書館)
- 実は人間のルーツにも迫る大河ロマンらしいのだけれど、戦前から戦後までを土佐の村で生きた女性と、彼女の周囲の村を濃密に描いた伝奇的部分も含む小説だと思う。いつか姑たちのように楽隠居ができるはずの家だったのに、嫁を取るころには働き手を戦地や工場に召集されてしまい、戦争が終われば農地解体で地主から普通の農家に転落してしまう。そんな運命の皮肉さの中で、彼女が平等という概念に囚われた三男に言う言葉がなんとも素晴らしい。
→ bk1
ゾエ・イェニー 『花粉の部屋』 新潮社 2002年5月3日 (図書館)
- 父親にも母親にも省みられないヨーという少女が、今と昔を交互に淡々と語るような小説。読解力がなくて、何がいいたいかもヨーがどこに向かうつもりなのかもわからなかったけれど、雰囲気は悪くない。もしも、本当に寂しさや悲しさの中にいて、切実に自分を守らなければならなかったら、感情の波は色あせることの方が多いだろうなと、妙に納得してしまった。
→ bk1 skysoft
光原百合 『時計を忘れて森へいこう』 東京創元社 2002年5月5日 (図書館)
- シークなる環境保護団体と、そこに属する一人の青年に惹かれる翠という少女、シークが保護する森、少女の友達などを、優しく繊細に描いた小説。ものすごく丁寧に気を遣って正しい気持ちで書いているんじゃないかと思う。もしも、人間なんて嫌いで自然のが好きだなんてのたまっていた小学生の頃にこの本に出会ったら、めちゃくちゃ影響されていたし、絶賛したかもしれない。それに可愛くて綺麗でなかなか面白い。でも、心が汚れきっている今の私には、うまく理由が説明できないけれど、ときどき胸くそ悪いのだ。特に嫌いなのが、護という人が森に畑を作る悲喜こもごもを語るところだ。もちろん間違ったことは言ってないし、かなり良心的な文章だとは思うのだけれど。。。腹の立つ理由が、一般の人よりほんのちょっぴり現場に近いところで農林業を見たぞというつまらないプライド(生計も立てたことないくせにプライド持つなんて馬鹿じゃん)なのか、単に環境保護全般が信用できないせいなのか、登場人物に「さん」づけをしちゃうような心美しい作者に嫉妬しているのかは、あるいは全部なのかはあんまり自分でも深く追求したくない。(う、弱気)
→ bk1 skysoft
乙一 『暗いところで待ち合わせ』 幻冬舎文庫 2002年5月7日 (購入)
- 盲目の女性の家で彼女に気づかれないように息を潜めて暮らす男。男がそこに潜む理由は駅が見える窓だった。
メインになるモチーフは本当は怖くてしかるべきだし、主要人物となる盲目の女性と、彼女の家に潜む男の性格もある意味病的だ。この二人に深く関わることになるハルミという女性の言動の描写も上手だ。それでも全体的な印象はかわいいの一語につきる。結末の甘すぎない希望も悪くない。
→ bk1 skysoft
ベルナール・ヴェルベール 『われらの父の父』 日本放送出版協会 2002年5月9日 (図書館)
- 偶然、ヴェルベールが蟻や蟻の時代を書いたウエルベル(って書いてあったもん)と同一人物と聞いたので、ぜひ読まなくてはと借りてきてみました。
ミッシング・リングの謎を解明する証拠を発見したという教授が死体で発見された。そこに居合わせた女性記者は教授の死と学説に興味を持つが、調査するうちに何度か襲われる。現在と、過去でミッシング・リングの謎を解く鍵となった「彼」の一人称が交互に語られる形の小説。現代社会に対する風刺なども利いたユーモラスな文章が楽しめる。特に過去の「彼」の心理描写や、行動とその意味は痛快だと思う。本当かどうかは知らないけれど、思わず信じたくなってしまう。
→ bk1 skysoft
ベルナール・ヴェルベール 『タナトノート』 日本放送出版協会 2002年5月22日 (図書館)
賢者は知ろうとし、愚者は既に知っている。
死後の世界の謎を解き明かそうとする者たちと、明かされた死後の世界に翻弄される世界を描く物語。極端に自信がもてないミカエルと、極端に自信過剰な親友ラウルたち登場人物の過去と現在、警察(なんの警察か途中まではわからなかった)のファイルなど、違う視点がいくつか交錯する。この著者独特のパズルのピースが途中でぴったりはまったような快感、変に現実味があってどこまでが創作かわからなくなる物語、きつい風刺が楽しめる。そして、子供のころはいまいち人間味のなかったラウルとミカエルが、死後の世界の謎を明かしつつ、自分たちの過去や家族と折り合っていく様子がなんとなく感動的でもある。でも、一番印象に残ったのは死後の世界を知ってしまった人間たちの変化かもしれない。
→ bk1 skysoft
トマス・H・クック 『夜の記憶』 文春文庫 2002年5月23日 (もらう)
拷問を行う苦痛か、拷問をされる苦痛のどちらかを選ばねばならない。
だとしたら・・・・・。
凄絶な死に方をした姉を持ち、いつか自殺しようと思ってる作家が、大金持ちの女性に過去の殺人事件を調べて欲しいと頼まれる。彼は、一緒に屋敷に滞在していた劇作家の女性と事件について調べ始めるが、その過程で自分の過去と行き詰まった自分の作品両方と、対決しなければいけなくなる。
主人公の作家に感じていた嫌悪感が、読み進めていくうちに薄れていく。小説の登場人物だから、弱い生き方をしているからと見下していたのが、いつの間にか自分という人間が全然上等なものでないことに気づくのだ。グレタの「ぬるま湯の中でなら簡単に愛せる」というような言葉が印象深いし、その通りだろうと思う。自分はサイクスにならずに済むのか?もしもサイクスになっても生きられるのか?グウェンとしてサイクスを許せるのか?そんな暗澹とした思いに支配される小説なのに、それだけでは終わってないような気がする。
→ bk1 skysoft
馳星周 『古惑仔』 徳間書店 2002年5月27日 (図書館)
日本で夢やぶれて暮らすアジアの人々の群像的短編集。本当はかなりやりきれない残酷な話なのだけれど、読後に残るのは静かな悲哀だ。そして、最後の「死神」という話はなかなか好きだ。でも、一つ一つの短編を読み終えても、自分の中で話の区切りがつけられない。読後感のいい悪いとは違う、なんかすっきりしない終わり方なのがちょっと気になってしまった。
→ bk1 skysoft
近藤史恵 『桜姫』 角川書店 2002年5月27日 (図書館)
ねむりねずみ、ガーデン、散りしかたみにに続く今泉探偵事務所シリーズである歌舞伎ミステリ。いつの間にか、助手の山本君が急に大人っぽくなっていたりする。全体的に、可愛らしい感じでかつ耽美な世界という雰囲気なのだけれど、登場人物がもつ情念がところどころで心に残る。笙子と笙子の兄の謎と小菊の師匠と関係のある景太郎の事件の関連性、笙子の母親の愛情の形がなんとも切ない。
→ bk1 skysoft
![]()