初心忘れるべからず ◇


あなたのPCは、最初になにを思って冒険者なんていう不安定な職業に就いたのでしょう。


傭兵をやってれば、いまよりは生活が安定していたかも知れません。
ソルジャーなら給料制ですから、なおのこと。
常に戦闘しているのですから、
それはそれは剣の腕もあがることでしょう。

マジックギルドの研究員やってれば、
落ち着いた環境で研究に励むことができます。
ギルドから給料だってもらえていたかも知れないのに。
研究に没頭しいれば、
それはそれはマジックのスキルだって上達していくでしょう。

なぜ、あなたはコソ泥家業をやめて冒険者なんて云う、
表舞台に立ってしまったのでしょうか。
今まで通り裏で暗躍していた方が、
暗殺の仕事がまいこんできていい金になってたかもしれないのに。
裏の世界で生き残る術は、
そのままあなたの技術の上達にもつながるでしょう。

そのまま教会に居残って地位を上げていけば、
いまより快適な暮らしが約束されていたかもしれないのに。
熱心に教会の教えを守るあなたなら、
神との結びつきだって今より堅固なものになるでしょう。


故郷を離れてまで冒険者になったのは、何のためなのでしょうか。


あなたのPCはきっとこう言うでしょう:


「私は、いつかは人々に知られる偉大な英雄になるんだ」
「私は、その道を究めたいのだ」


それを言わないとしたら、
なんのために冒険者なんかになったんですか?
あなたのPCは、NPCなんですか?


D&Dというゲームでは、
己の冒険欲を満たすための小さな冒険は、
せいぜい8レベルまでです。
8レベルの冒険者は、一般人に比べれば、十分強力な存在です。
しかし、偉大な英雄や、その道を窮めし者からみれば、
一般人よりかはちょいと始末するのに手間がかかるだけです。

8レベルのMUやクレリックであれば、
4レベルまでの呪文を使いこなすことができ、
このくらいのレベルまでの呪文を使いこなせれば、
そりゃあ、満足のいく力を発揮できるでしょう。
D&Dのルールブックにも、
『7レベル以上のMUから呪文を教わり…』とあるくらいですから、
後輩に呪文の手ほどきをするには十分なレベルです。

8レベルのファイターであれば、
ヒットポイントも多く、
剣の腕もそこそこですから、
同じ人間相手に負けることなどないでしょう。

8レベルのシーフなら、
多くの鍵やトラップをあけることができて、
彼にとってはその手の障害は、障害になり得そうにありません。
通りの多い道で、一般人相手にその財布をすり取ったって、
そいつは気付かないでしょう。

つまり、普通の人々相手に冒険を語る程度でよければ、
このくらいのレベルに到達した時点で冒険者稼業から足を洗った方がいいのです。
冒険欲は満たされ、満足いく財宝を手に入れ、ある程度は有名にもなれましたから。
上をみればまだまだ強力な存在がありますが、
そもそも、そんな英雄はあなたを見ても気にも止めません。
なぜなら、英雄への道のりを途中下車した冒険者に、用はないからです。


D&Dにおいての8レベル以上はネームレベルとよばれ、
特別な扱いを受けることができるようになります。
ここまで到達したからには、
世間があなたを英雄と呼びたがるかもしれないのです。
英雄となって人々に語り継がれ、
吟遊詩人のうたのネタにされるかもしれないというチャンスが、
ルール的に保証されてきたのです。

単に強力さだけを追い求めているのなら、
このへんで冒険者稼業から足を洗うほうが無難です
(ということはつまり、そのキャンペーンはもうやめて、
新たな新米冒険者を作ってから別のキャンペーンに移りなさいということです)。
英雄は、常に人々のこころにあり、
助けを求められるものなので、
強さを追い求めるだけが生き甲斐のあなたには、
面倒ばかりが増えるだけです。

今、ネームレベルへと足を踏み入れたあなたは、
英雄への道も、同時に歩き始めたことになります。
あなたが英雄的に振舞うことで、
キャラクターレベルの上昇と共に、名声も獲得してゆくことでしょう。


いまはまだネームレベルとは言え、僅かに9レベルです。
まだまだできないことの方が多いのは事実です。

MUは究極の9レベル呪文をつかえますか?
使えませんね? まだまだ修行が必要です。

『英雄への道のり』という集合は、
『強さを求める』という集合を、部分集合として内包しています。
なぜなら、英雄は、個人としても強力な存在でなければならないからです。

高度な剣術を使いこなせないファイターでは、
武力からくる信頼を勝ち取ることができません。
高度な呪文を使いこなせないMUでは、
リッチに瞬殺されてしまいます。

民が英雄に求めるものは、
個人としての強力な存在というものも含まれているのです。



D&Dのルールによると、
物語はより壮大な展開ができるようになっています。
ルールで領地獲得ができるし、ルールで神にもなれます。
ルールで、人々に語り継がれる英雄になれるのです。
というかルールで決められているので、
大いなる道に挑戦しなくてはならないのです。
(DMの負担は重いんですけどね(^^;)

もちろん「それをしない」という選択肢もあります。何も問題はありません。

数字的な強さを追い求めたいのなら、
RPGではなくて、コンピュータのRPGを遊んだ方が良いです。
そういう遊び方に、D&Dは向いていないのです。

ルール的に強力になりたいのなら、
他のRPGを選んで下さい。
D&Dゲームは、強さ願望のはけ口になることはできません。

ただ強力なだけの存在になりたいのなら、
D&Dゲームはあまり適切な選択とは言えません。
なぜなら、D&Dゲームを途中までしか楽しめないからです。

英雄になりたいのなら、
ようこそ、D&Dワールドへ!
D&Dゲームは、大志を抱くキャラクターを遊ぶのにはうってつけです。


いつまでも細々した小さな冒険をくり返していないで、
さあ、D&Dワールドの歴史に刻まれるような大きな『冒険』をしてみましょう!
それこそが『冒険』なのではありませんか?


もう一度あなたのPCに尋ねてみましょう。

「あなたは一体、何のために冒険者になったんですか?」


註)『大ボスを倒して世界を救う』とは言ってません



追記: 
デミヒューマンのレベルリミテーション、
特にハーフリングは8レベルまでしかいけません。
ということは、デミヒューマンで偉大なる英雄を目指すことは、
ルール的にはできないのでしょうか?

そんなことは、もちろんありません。

彼らデミヒューマンは、そもそも人類とは異なるメンタリティで活動していて、
人間ほど征服欲が旺盛では無いので、このくらいのレベルまで発展させれば、
キャラクターは十分満足してくれているのです(プレイヤはどうかは分かりませんが)。
デミヒューマンは、人間よりも与えられた時間が多いので、
物事を短時間で処理するという概念が人間ほど発達していません。

「英雄? いつかはなってみたいねぇ」エルフ10レベル
「支配者になる? 氏族長のことか?」ドワーフ12レベル
「叙事詩に登場? そりゃいいや! ところでそれは食えるのかい?」ハーフリング8レベル

人間と一緒に冒険している内に向上心が呼び起こされて、
アタックランクを伸ばしていくという選択肢もあります。
高度な領域まで達したデミヒューマンは、
レベルからくる数字をはるかに凌ぐ、恐るべき存在になっているのです。
そんな彼らは、(功績次第ですが)英雄とは呼べないのでしょうか?

彼らデミヒューマンの英雄的概念は、人間とは異なっているだけなのかも知れません。

D&Dワールドの各地には、デミヒューマンの英雄を語ったものが多く残されています…多分。


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