『絵物語ホビット ゆきてかえりし物語』を読んで ◇

『絵物語ホビット ゆきてかえりし物語』という絵本を読んでみました。

活字離れ著しい若者こと、この6レベルMUのWisdomにとっては、
実は字ばっかりの文学作品は、グリーンピースと同じくらい食えないものなのです。
ちなみにグリーンピースは緑色で直径8ミリくらいの球状の醜悪な植物です。
一口あやまって口にすれば、かならず不幸が訪れます。注意。
おなじ緑色でも、ピーマンは人間の食糧となるので、間違えてはいけません。
(ピザにピーマンが入ってなかったら、あなたはどう思いますか?)


Wisdomの通っていた高校(頭脳派よりも肉体派が集まる)の図書室にはなんと、
かの有名な『指輪物語』が全巻ズラリとならんでいたにもかかわらず、
活字よりは理屈がすきな見習いファイターだったWisdomは、
見向きもせずに(しかも勉強そっちのけで)その高校を卒業したのでした。

あれから数十年。(虚偽

活字離れは相変わらずなので、

「『○○(作品名)』に出てくる▲▲って戦士がいるじゃん?」
「『□□』の、しかも初版の表現がよいのだよ」


などといった文学浸りな会話にはついて行けません。

そんなメガネ君な文学ファンに、

「キミはどうおもう?フン

とか訊かれたら、
「オレのこの手が真っ赤に燃える!
オマヘを倒せと轟き叫ぶ!!」

と返します。なぜならば、
ガンダムファイターは魂の拳で語り合わねばならないからです。


*** 

ファンタジーRPGのゲーマーとして10年以上経ちますが、
有名な文学作品なんて、
『ドラゴンランス戦記』くらいしか読んだ記憶がないです。
(全6巻読破するのに半年かかった)


歴史ダメ、漢字知らない、古文も読めない、
英語もセンター試験で72点(満点は200)しかとれない、
当然読書なんて、強力な敵です。


Wisdomがまだエデンの園でイヴと一緒に全裸で闊歩していた頃、
『活字を読んではいけない。知恵の実食べるのと同じくらい罪だ』
と蛇から教えてもらったので(偽)、
字を読む習慣なんてことさらありません。

そんなんでも、RPGは楽しめるので安心ですね。

ところでこの絵本、『絵物語ホビット』、グー(死語)ですね。
小説は基本的には挿し絵程度しかイメージがありませんから、
そこに書かれている文章を読んだ人ごとに、
その物語のイメージは存在する訳です。
それが小説、つまり活字のよいところであり、
Wisdomが食えない理由の一つでもあるのです。

それが、絵本という形で存在しているということは、
読む人ごとのイメージうんぬんというところはすっとばされているわけです。
つまり、一定のイメージを与えさせられるわけです。
その後に、「イメージ通りだ」とか「イメージに合わない」とかいった、
『合う・合わない』のみの議論になるのです。
(幽霊がいるかいないか?と同じようなレベルです)

「だから最近の若者は、想像力に欠けるのだ」なんて、
偉そうな文学漬けの青二才なヒヨッコにバカにされるわけなんですけど、
この絵本の場合(漫画などと言ってはいけない)、それにはあてはまらないのです。
それくらい、ズバリなイメージなのです。しかも全編カラーで。

ガンダルフじじぃの髭とローブとか、
バギンズ氏の膨れた手足とか、
ドワーフの髭とか、彼らの表情とか。


すごく参考になりますよ。
あと、ガイジンらしい言い回しの数々。
(実はそっちの方がメイン)

じじぃ「話せば長い話じゃ…」(実は短い)
熊大男「では中に入って話すがよい。丸一日もかかるまい」
民衆「弓の男、万歳! 黙れ金袋!」

だとさ。

(注:『活字』ではない。『字』である)で動画とサウンドエフェクトを行おうとしてるらいとふぁんたじぃなんかプーです。
この『幻想文学』がよいです。

このへんの表現は日本人には馴染みがうすくて、
いざゲームで演出しようとしても、
どうしてもSAMURAIが闊歩する時代劇風の、
慣れ親しんできた表現にならざるを得ませんよね。
だって、生まれてこの方、
英語で表現する機会なんて与えられてこなかったんだから!


ただし、上の事柄があてはまるのは、D&Dのような、
ジンガイが開発した
ジンガイの文化背景をもつ
ジンガイゲーム

に臨場感を持たせる場合のみです。

例えば、我々日本人が日本人のために用意した、
『捕り物RPG 〜江戸の城下は今日も晴れ〜』等の場合にはあてはまりません。

英語圏的な表現は、『捕り物RPG』で遊ぶ時にはかえっておかしなことになります。
なぜなら、黄門さまが

「『おはよう』じゃと? このワシが『おはよう』じゃと!」

なんて、挨拶してきた助さんに腹を立てたら、変です。
逆にホビットが「てやんでぇガンダルフ!」とか言うのも、やっぱり変です。
変というか、合わないのです。

こういったゲームを遊ぶ時にはむしろ、
時代劇をテレビで見て、
時代劇的な雰囲気を感じ取り、
歴史小説を読んで、
その世界観に合う表現を学ぶのです。


そう、(ロールプレイに)大事なのは、

今遊んでいるゲームの背景世界(世界観)がどういうものなのか?

を知ることなのです。
この区別をつけないで、ただ単に「愉快だから」というだけで、
(あるいは『ノリ』で)
背景世界の世界観と合わない文学的表現を用いると、

らいとふぁんたじぃ

に堕ちてしまうわけです。

D&Dゲームで『癒し系キャラ』は異質です。
『捕り物RPG』で「おいカゴ屋。お前のそのぼろカゴは私たちをエドシティまで連れてゆけるのか?」は異質です。

ですが、そのPCをそういう風に設定してしまったプレイヤが、
その設定できちんと一貫したロールプレイをしてくれるなら、
話は別です。
加えて、その異質な設定が充実したレポートでサポートされ、
誰もが納得できるくらい説得力のあるものであれば、
そのPCがそのように振舞う動機理由が成立するので、
もはや異質ではなく「うまく溶け込んだ」ことになります。

らいとふぁんたじぃなのは、
いっときのノリと雰囲気だけで、
つまり安易な発想の下にそういうキャラをつくってしまい、
最悪そのキャラの異質な性格をロールすることを放棄されてしまうことです。
(ノリで行うもんだから飽きる/飽きられるのもまた早いのです)
この手の発想から生まれた
「癒し系DnDキャラ」
「『捕り物RPG』における騎士」
こそが元凶であり、
これらはノリから誕生したため殆どの場合においては大した設定も与えられず
全然重みも厚みもない薄っぺらいキャラとなり、
重くないからこそ吹けば飛ぶような軽さであり、
すなわち軽いから『らいと』なのです。
試しに、その薄っぺらいキャラに厚みを持たせるよう、
背景世界に適合するような合理的な背景を考えてみてください。

なぜこのキャラはこう振舞うのか?
(何で今日死ぬかもしれないようなこのワールドで癒し系なんだ?)

どういう生立ちだったのか?
(何かに憑かれてるのか?それとも痴呆なのか?)

それとも過去にどんな出来事に遭ったのか?
(こののほほんさではハイエナのえさじゃんか!どうやって生き残ってきたんだよ!)

などと考えていけばいくほど、そのキャラの薄さは、
次第にワールドと整合性が取れないことが分るでしょう。
分れば『らいと』からは脱出です。
今度はきちんとした設定をもつPCを創りましょう。
あるいは非常に合理的な理由を思いつけばナイスプレイです。
(あえて『キャラ』と書きました。『PC』と記述するとなんだか軽く感じないので…)


本物のロールプレイヤーなら、逸脱した設定でもスタンダードな設定でも、
見事に自分のものとして演じてくれるでしょう。
彼らは世界観とそのPCの背景設定から想像し創造しながら、
素晴らしいロールプレイを見せてくれるでしょうし、
そんな彼らのロールプレイこそが本物です。

美少女ゲーオタなやつの『なりきり美少女ロール』は、
いっときのノリ(昨日●●のビデオ観てきたんだよね〜)で作られるため、
完全なるらいとです。


繰り返しになりますが、
大事なのは、世界観にあっているのかそうでないのか?ということです。



…『ホビット』を読んで感じそして考えたことは、このようなことでした。


註)ライトファンタジーとらいとふぁんたじぃは違うものを指します。
ライトファンタジーは万人向けで手軽な幻想文学。
肩の力を抜いて読めるもの。
らいとふぁんたじぃは偽物の粗悪品。
ただの粗悪品ではなく偽物をさらに粗悪にしたもの。


ここでの『らいと』の定義には、 東京大学大学院理学研究科(当時)のとある理学博士[物理学]の方からの意見を大いに参考にさせて戴きました。感謝。

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