はじめに


子供の頃、父親によく火の玉の話をしてもらいました。
黄昏時に田舎のあぜ道を歩いていると、「ヒュー ヒュー」という音とともに子供の背丈を遙かに超える美しいオレンジ色の火の玉が頭上を飛んでいったそうです。

幼心に怪しく飛ぶ火の玉が空恐ろしくもあり、その反面、言いしれぬ心躍るような気持ちになったのを憶えています。
その頃からでしょうか、不思議な生命力あるものに興味を抱きだしたのは・・・・。河童や天狗の話、鬼や人魚に犬神など、畏怖とも崇高ともとれる痺れるような感覚は今でも忘れられません。

小学生の頃、何の番組だったか失念しましたが、映像で河童のミイラを見たときは興奮のあまり夜寝付けなかったのを今でも憶えています。(参考までに、学研発行のBooks Esoterica『妖怪の本』でその写真を見ることができます)

人は生まれ落ちたその時から、善と悪の両義的な面を内在しているものです。とかく裏面史は、悪霊を呪文で封印するが如く、生活圏の外へと排除されがちです。
しかしそこには、人の本能を剥き出しにしたような事実と真実が隠されていることも多いといえます。

そこで本サイトでは、妖怪や不可思議なもの、エログロなど、あれこれ少し溜まった書籍などを参考にしつつ、HP上で楽しんでしまおうと企てています。とはいっても決して学術的な研究サイトではありませんので悪しからず・・・。



妖怪を想う


そもそも妖怪とは何なのか?

これは私にとって永遠のテーマでもあります。
妖怪とは明治時代以前には庶民が用いる一般的な言葉ではなかったようですが、かの東洋大学の創始者としても有名な井上円了先生によって学術用語として用いられ出したようです。それまでは、御霊、化け物、物の怪、鬼、幽霊などと呼ばれていたものです。

民俗学者の藤澤衛彦氏は『図説日本民俗学全集B』の妖怪編にて、「物の本体をかくし、その本質を変えて、ふしぎな姿に化けるもの、それが、妖怪であると考えられる」と述べております。

また、
「妖は、なまめかしく、人をまどわす意(こころ)、それで夭(わざわ)いの女と書かれる。「心もまた土にある」生物のあやしい意で、いぶかしい存在である。この、妖と怪との合体があらわす意義は、見なれない、えたいの知れない、まやかしもので、ふるい時代の思想からは、その実態の解明されない迷(まど)わしもの、つまり

(1)そのころの哲学的心理では超自然的なもの
(2)そのころの科学的知識では、原因のはっきりしないもの

そういう生態をもったものをさした」と以上のように述べられております。しかし、どこまで妖怪というものに対して言い表しているかは検討の余地があり、議論の分かれるところかと思われますが、現時点で大まかに把握しておくには十分かもしれません。

『柳田國男対談集』(筑摩書房)において妖怪についての対談(柳田國男、尾佐竹猛、芥川龍之介、菊池寛)がありますが、その中で柳田氏が国学の師である松浦先生の言葉を引用している興味深い箇所があります。
「こうやってお互いが話している時にも、二人きりで話していると思えば、良くない話もするけれども、ここにもう一人誰かいる、しかも批判しているという信仰があったら、慎まずにはおられぬ。なんでも人間と同じ観察力、同じ以上の判断力を持っておる者が、われわれの目には見えないけれども、無形にしてここにおるという、冥界と現世とがぴったりとくっついているということを思えば、良くないことはできない。」

まさにこの考えは、日々の営みをあらためて省みる上でも重要なことではないでしょうか。小松和彦氏の『異人論』をみれば、人間の悪の部分を赤裸々に読みとることができますが、その部分をしっかり認識しておくためにも、妖怪たちの存在は必要不可欠なのではないかと考えます。

私にとって妖怪とは、偉大であり、畏怖すべきものでもありながら、何故か憎めない愛嬌のある存在なのです。でも決して、その枠には収まりきらないからこそ、今日でも細々とですが、我々の根底に脈々と記憶が流れ続け、意識せずにはいられないのでしょう。

ある書籍でも書かれていますが、私も同様に何故か妖怪には郷愁を感じずにはいられないのです。

それでは妖怪に惑わされないように、気をつけて探訪ください・・・