傾いた天秤
2001年9月29日 午前1時03分

「どうしてあんなことができるの?」
 彼女は彼に問うた。
 彼女の目の前のテレビでは、ビルに飛び込む飛行機の映像が繰り返し流されている。
「たぶん絶望していたからじゃないのかな」
 彼はいった。
「絶望?」
「そう絶望して無力だと思うから、無謀になれるんだろうね」
 彼の言葉に彼女は首を傾げる。
「どうして絶望しなければならないの?」
「希望と絶望のない日常が存在しないからだよ。誰もが何かに希望を持ち、何かに絶望している」
「だったら絶望しなければいいじゃない」
「それはね、希望をもたないということなんだ」
 彼はつづける。
「希望を持たなければ絶望をすることはない。希望を持てば、当然のリスクとして絶望が隣にある」
「表と裏なの?」
「それとも少し違う。天秤の両端って感じかな」
 彼女は再び首を傾げる。
「だったらバランスが取れた状態にすればいいんじゃないの?」
「それは生きてないってことと同じ状態のことだ。たとえば生きている限り、おなかがすくだろう」
 彼の言葉に彼女は頷く。
「そして何かを食べると満たされた気持ちになれる。空腹と満腹の間で天秤が揺れているのが、むしろ自然だね」
「じゃあ空腹が絶望で、満腹が希望?」
「どちらともいえないね。それはその人しだいかな。空腹になると怒りっぽくなる人には絶望かもしれないけど、空腹によってものをよりおいしく食べられる人には希望かもしれない。だけど飢えすぎも食べすぎも体には良くないからね」
「じゃあさあ、あの飛行機に乗っていた人は希望をもっていたのかもしれないよ」
 彼女の言葉に彼は頭を振る。
「あの飛行機には、操縦していた人たち以外にも人が乗っていたんだ。そしてあのビルにも大勢の人たちがいた。誰も彼らの天秤を壊す権利はないよ」
 彼女が視線をテレビに戻すと、再び飛行機がビルにぶつかった。
「あれがヒジンドウテキってやつなんだ」
「人間だからやるんだよ。人間でないものは、こういうことはやらない。だからむしろこのことは人の道にそっている」
「そういう言い方してると、人間が嫌いみたいにきこえる」
 彼女は批判的に彼にいう。
「今回の事件は、人が生み出したものを人が想像できる残酷な使い方をしただけだからね。人という種の業といえるんじゃないかな」
 しばらくして彼女が言った。
「彼らの天秤は揺れていたのかな。きっと幸せなことがあった思うのに」
「世界の天秤はね、傾いたままとまっているんだ。」
「どうして傾いたままとまっているの?」
「皆がね、「ゲンジツ」っていう嘘に囚われているからだよ。「ゲンジツ」に囚われた人間の天秤は、とまってしまうんだ」
 彼の言葉を彼女が消化しようと努力する。
「それは空腹のままか、満腹のままってこと?どっちも嫌かな」
「ほらテレビを見てごらん。報復したがっている人たちがいるだろう。彼らも「ゲンジツ」に囚われて天秤をとめてしまった。それはとても不幸なことなんだ」

 

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